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生田氏・池田氏(源範頼後裔)その2

生田氏系図
池田正直生年不詳〜延宝5年。号嵩山。岩国藩医官。姓を生田から池田に改めた。寛文年間、明から来日した僧戴曼公から疱瘡の治療術を伝授された。これが我国最初の疱瘡治療であると伝えられる。主な著書:『池田先生痘瘡治術伝』『池田家治痘秘訣』『戴曼公先生治痘用方』
池田善郷元文元年〜文化9年。初代瑞仙。幾之助。雄次。善卿。錦橋。瑞仙。獨美。蟾翁。7歳の時、父杏仙正明が没したため、叔父槙本坊詮応について疱瘡治療を学んだ。19歳の時、岩国藩医桑原玄忠に雑病の治療術を学ぶ。宝暦12年、母と共に安芸宮島に移り、疱瘡治療に功を為した。後、大阪・京都に移り、治痘術で名声を得た。その為、寛政9年に幕府より召出され(二百俵扶持)、翌年奥詰医師となり、幕府医学館の教授も務めた。主な著作:『池田瑞仙治痘論』『痘科辨要』
池田信郷元文3年〜寛政9年。池田杏仙正明次男。久之助。号玄俊。文考堂。父杏仙正明に痘科を学ぶ。45才の時、医術の修業のため故郷岩国を離れ、京都に移り住んだ。京都において疱瘡治療の傍ら、清水祥介に傷寒の治法を、賀川玄吾に産科を学ぶ。ただ、兄善郷が痘科を専門として業を為そうと志していた為、信郷は譲って、痘科を顧みなくなったという。
池田善直天明6年〜天保7年。池田信郷三男。貞之助。佑二。号杏春。瑞英。河澄。京水。酔醒。生酔道人。初め叔父池田善郷の養子となるが、継母に疎まれた為、自ら継嗣を辞退した。善直は若くしてその医師としての能力を発揮し、16歳で神田明神下に町医者として開業した。翌年には初めて弟子を採り、本庄近江守(御詰並、1万石)の嫡男の治療に当たっている。文政3年、幕府医学館に出仕した。主な著作:『池田家痘瘡治術口授』『痘科挙要』『秘伝痘科四綱図略』
池田直卿天明4年〜安政4年。実村岡善左衛門常信次男。二世瑞仙。善次郎。晋。号柔行。霧渓。二十歳の時、上野国より江戸に出て、池田錦橋(初代瑞仙)の門人となる。33歳の時錦橋の養子となり、池田宗家を嗣いだ。小普請医、医学館教授、内直医を歴任。主な著書:『古今痘疹類篇大要』『治痘葉性全集』『治痘要訣』