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■■■伊勢吉見氏の系譜と事歴■■■

01.伊勢吉見氏概説

勢吉見氏は能登吉見氏の庶流で、吉見為頼の四男頼源に始まる一族です。嘉暦4年(1329)、吉見円忠はその妻伴氏女(村井又次郎入道知性女)に、所領志々見保内の田畠を譲渡し、離別した後に、その田畠について争論を起こしています。従ってこの当時一族は能登に在国していたものと思われます。しかし、元弘3年(1333)5月、足利尊氏の命令により、伊勢国三重郡の地頭・御家人に対して挙兵を促していることから、この時既に伊勢国に下向していたと考えられます。伊勢国に下向した理由は不明ですが、諸系図の中に、円忠の父頼源に『伊勢吉見』と注記するものがあるので、以前から伊勢国内に何らかの所領を有していたのでしょう。(因みに、文治3年に小山一族の吉見次郎頼綱に宛行われた沼田御厨も三重郡にありました。)

伊勢吉見氏については、鎌倉末期から南北朝初期にかけて、吉見円忠・範景父子が武家方として伊勢及び京都付近で活躍していたことのみ知られています。範景は暦応3年(1340)に没しており、恐らく嗣子無く絶家したものと思われます。

伊勢吉見氏系図